ナウいブログ

マブい女のナウいブログです

五月病を前に

 

糸が ぷつん と切れた反動で、私は全てを投げ出した事がある。

側から見れば、それは突飛で何の脈絡も無い行動だったかと思うけれど、実は私の中に落とされた(もしくは発生した)毒がゆっくりと体に回った結果だった。

 

こうなる前に、誰かに相談すれば良かったかもしれない。

ただ、気絶するように寝て、気が付いたら仕事という生活に雁字搦めになっていた。

体重はみるみる落ちて、お尻もなくなって骨の形が浮いていた。すぐに体調を崩すようになって、情緒も不安定、よく絶叫に近い金切り声で喧嘩して店の中で泣いていた。

でも、仕事が特別キツイということでもなかったように思うし、誰も悪く無いと思う。

私には合わなくて、私には向いてなかった。

ただそれだけのような気がする。

そんな私を気遣ってくれる人もいて、目をかけ心を配ってくれた人も居たのに、私はその人達も、仕事も、家族も、友達も全部投げ捨てた。

 

(本当に申し訳なく思う。

思い出す度胸が痛む。しかも、まだ謝りにも行けてない。)

 

私は家から飛び出して、近所の空き地で思い切り泣いた。シクシクめそめそ、終いには声を上げて泣いていた。

仕事に行く時間はとっくに過ぎた。

もう失う物も何も無いし、これから得るものに魅力も感じられない私は、ここで終わりにしようと覚悟した時に見慣れた車が停まった。

 

私が最期の挨拶を送った友達の1人が、慌てて迎えに来てくれた。

全然近所でもないし、彼女自身も療養中の身なのに、私の命を助ける為に着の身着のままやって来てくれたのを見て、私は何も出来ない小さな人間だと思い知らされてしまった。

 

何も聞かずに、彼女の家まで連れて来てくれて、彼女の家族も受け入れてくれた。

私は、私の為に時間を使った。

家族も友達も血相を変えて私を探してくれていたのに、穏やかに毎日を過ごした。

本当に弱い人間だと自分でも思う。ただ、全てを受け入れてくれる人に甘えたかった。

 

それから3週間の失踪生活は、私の体調不良によって幕を閉じた。

日に日に痛みを増す背中に耐えかねた私は、ギブアップして実家に帰った。

家族は何も言わなかった。

何も言わずに、子供にするように、私を甘やかした。

娘の異変に気づかなかった自分たちを責めてしまったのかもしれないけど、私だって私自身の異変に気づかなかったし、仕方ないのに。

(ちなみに背中の痛みは卵巣が膨れて他の臓器と癒着した為で、5日ほど入院する羽目になった)

 

それからは、ドラマみたいに私を取り巻く環境が変わった。

友達だと思ってた男性が、自身の転勤を機に一緒に暮らそうと言ってくれて私は神戸にやって来たし、乗り気じゃなかったその交際が今や失い難い大きく暖かなものになった。

あまり仲が良くなかった家族とも、少しずつ仲直りしつつあるし、何より与えられた命を全うしようと決意できた。

 

弱虫で我が強くて、自分しか見てなかった私は一度死んだ。

これからは、少しずつ強くなって、少しでも多く周りに手を差し伸べられる私になる。

みんなが私にしてくれたように、私も倒れてしまった誰かに肩を貸す人間になりたいです。

 

おわり