ナウいブログ

マブい女のナウいブログです

たこくせき

 

私が働く子供服屋さんは、港に近い事もあって本当に色んな人が来る。

 

絵に描いたようなセレブママが、保育園用のお洋服をお買い求めにいらっしゃれば、普段着をまとめてお買い求めにいらっしゃる養護施設の先生と生徒グループもあるし、チャイニーズの間では、ちょっとした観光スポットになっている。もちろん、幸せそうな家族が週末にやってくる事もある。

 

そんな中でも良く接するのが、日本に住む外国人(ネパールとかインドとか)の家族達。(日本に住んでいるのに外国人と表記するのは不適切な気もするんだけど、実際に永住権を取得するのは難しいのが現状みたいなのと、便宜上そう表記するね。)

 

彼らは平日の18:00ごろからワラワラと入店して、世間話をしたりしながらお店を遊覧する。子供達は、母国語と日本語を上手に使いこなすし、私達にもたっぷり愛嬌を振りまく。正直私はメロメロだ。

 

文化の違いから、ギョッとする行動を取る事もあるけど、こちらが誠実に対応すれば、応じてくれる事がほとんどなので、特に問題はない。

 

問題があるとすれば、言語位。

これは、私に問題がある。

日本語すらままならない私にとって、英語を求められるという事は、いきなり、断崖絶壁に追い詰められることに等しい。

私の笑顔はひきつり、中学時代にボンヤリ習った英単語を繋ぎ合わせて、なんとかかんとかやっている。

発音もまずいので、紙に単語を書いたりする事もある。

幸いな事に、リスニングだけはなんとか出来るので、質問の意図は理解出来る。

相手の問いを理解出来るのに、それに応じる術がないのはとってもモドカシイ。

この1年でボディランゲージが上達した気がする。あと、"this one"の発音も。

 

宮崎に居る頃、外国人と私の距離というのは、本当に遠かった。

接客する場面も少なければ、道ですれ違う事もないので、外国人が集うbarに行った時は(この宮崎のどこにこんなにガイジンが居たんや!?)と思った事もある。

でも、思い返すと同級生にハーフの子もまぁまぁ居たし、ハーフであるという事をことさら特別視をした事も無かったので、やっぱり"私と違う言語を使うニンゲン"というのがガイジンの定義だったのでは?と推測する。

そういう意味では、確かに私の周りにガイジンは少なかった。

 

そんな環境から一変し、母国語と英語しか話せない"ガイジン"(嫌な単語だね)に沢山出会うようになって、私は外国(嫌な単語だn(ry)についてとても関心を寄せるようになった。

民族衣装の美しさであるとか、特徴的なアイメイクや眉間に施すメイクの意味であるとか、彼らの食文化(よく豚肉が入ってないかを確認したいから原材料を、英語で読み上げてくれなんて言われる)とか、夫婦間の男女の在り方であるとか、教育方針であるとか、宗教観とかとにかく色んなことに興味がある。

 

そんな異文化に触れてみて、私と外国人の隔たりはとても小さくなった。

相変わらず、文化の違いによるすれ違いで、トホホとなる事はあるけど、明確に人種差別に繋がらなくなった。

だって、日本人にもマナーが悪い人がいるように、とてつもなくマナーの良い外国人だって居るのだ。だから、そこは人種は関係ないなぁと実感を伴って理解出来た。

 

郷に入っては郷に従えという言葉があるけど、郷に入る者にばかり求めるのはとても卑しい気もする。

遠い地に故郷を持つ人に、気を配り心を配るのも大切だと思うのだ。

 

もちろん、移民・難民問題はムツカシイ。

現に、私の暮らす外国人の多い街は、治安がいいとは言い難い。ここから先は危険なので住まない方が良いと不動産屋さんが線引きをするし、車のナビも私の職場に着くなり"車上荒らし多発地区です。ご注意ください。"なんて言う。

 

でもなぁ、それで外国人(ないし特定の人種)は野蛮!なんて言いたくない気分。

野蛮な人は人種に関わらず野蛮だし、良い人は人種の壁を超えて良い人。(但し良いことの基準は国によって違う)(ここが問題)

 

きょうはここまで。

おやすみなさい。